1 電波の誕生から実用までの歴史 →電波博物館学習館へ
2 日本で最初に設置された無線局:海上移動通信
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無線通信の利用は、明治41年(1908)に通信手段のない海上における通信から出発しました。
通信可能な範囲は
当時の無線局は、周波数が1MHz、波長300mの電波が使用されており、通信可能距離は約120海里(220km)程度と伝えられています。従って、船舶が海岸から220km以上離れると陸上との通信が出来なくなります。そのため海上における人命の安全を確保するには、他の船舶との通信を可能にすること及び国際協力制度設立の必要性が世界的に高まりました。 |
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電波利用の世界的期待
船舶に設置する無線局の利用については、海難救助に関する国際的協力が必要なことから、1906年、ドイツのベルリンで開催された第1回国際無線電信会議には、30カ国が参加しました。
この会議では、国際無線電信条約とこれに付属する規則等が制定されました。この条約は、主に次のような内容です。
通信に関する規則
・無線通信の運用方法(通信規則)について統一すること
・無線通信技術の共通化(技術規則)によって、誰とでも通信を可能にすること
使用する周波数の統一
一般公衆通信に対し 1MHz(波長300m)、
500kHz(波長600m)
が割当てられました。
一般公衆通信以外 500kHz(波長600m)
または 187,5kHz(波長1.600m> |
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日本で最初に設置が認められた無線局
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3 日本で最初に設置された陸上の無線局
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(1) 国際無線通信 大正4年(1915)
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■船橋無線電信局(海軍省所管)
周 波 数:43kHz(波長7,000m)
空中線電力:250kW
通信方式 :瞬滅火花式送信機
(通信の範囲は太平洋海域の艦船)
船橋無線電信局は、大正5年(1916)
逓信省と海軍省が施設を共用する協定を結び、ハワイとの間、約6000kmの通信試験及び国際無線電信業務(実用)が初めて行われました。 |
船橋無線電信局のアンテナ及び局舎の写真
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■磐城無線電信所 大正10年(1921)
原ノ町:周波数 20kHz(15,000m)
空中線電力 400kW
対米専用の無線電信所として開所されました(逓信省)
大正12年9月1日に発生した関東大震災の被害情報を含め、対米国際通信に大きく貢献しました。(昭和2年まで運用)
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原町送信所アンテナの写真
鉄筋コンクリート製アンテナの高さ200m、これを中心に直径800mの大傘型アンテナが展張されていた。
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(2) ラジオ放送
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大正14年(1925)3月
東京放送(NHKの前身)、日本で始めてのラジオ放送(JOAK)が開始された。
周波数:800kHz、空中線電力約220W
愛宕山 放送局の写真 |
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送信アンテナ |

仮放送所 |
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4 無線局の発展の推移
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明治41年 |
15局 |
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昭和10年 |
2,388局 |
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明治43年 |
20局 |
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昭和14年 |
3,414局 |
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大正元年 |
34局 |
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昭和22年 |
2,630局 |
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大正4年 |
76局 |
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昭和25年 |
5,610局 |
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大正10年 |
491局 |
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昭和30年 |
20,730局 |
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大正14年 |
865局 |
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昭和40年 |
315,844局 |
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昭和元年 |
1,127局 |
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昭和51年 |
1,425,698局 |
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昭和5年 |
1,656局 |
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昭和60年 |
3,813,604局 |
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平成元年度から平成19年度までの無線局数 
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